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2018-10-04

思い立ったので人生語ってみる。わたしの物語①

そこは広島県呉市の小さな港町。

うまれた時から真っ黒でフサフサの髪、黒くて丸い目、当時人気だった「モンチッチ」にそっくりな赤ちゃん。

予定日よりも一ヶ月くらい早くうまれ、小さめだったけど、長時間の陣痛のすえ元気にこの世界に誕生したそうです。

 

おてんばというほど活発ではないけれど、おとなしいわけでもない。

同じ年頃のお友だちに囲まれてお外で遊ぶのも好き、でも一人お部屋で黙々と本を読むのも好き。

大きな病気や怪我もなく、まさにすくすくと育っていく女の子。

それが、幼い頃の私です。

誰とでも、どんなタイプの子とでも仲良くし、クラスのまとめ役になることも多い典型的ながんばりやさんで優等生タイプでした。

先生やまわりの大人たちからも、いつも「りさちゃんはしっかりしてるね。落ち着いてるね。」って言われていた記憶があります。

意地悪をしたりされたりした記憶もないし、一人になっている子や困っている子がいたら、率先して声をかけていくような、いつも周りの人のことを気にかけて動いているような、自分で振り返ってみてもとても優しい子だったように思います。

 

物心つかない小さな頃から一緒に過ごし、一緒に大きくなったお友だちと過ごす楽しい小学校生活でしたが、ある日突然引っ越すことになります。

どんな経緯でそうなったかも、そのときどんな気持ちだったかもわからないまま、生まれ育った街を離れ、小学校を転校することになりました。

それが、4年生の夏休みだったと思います。

その後さらに、やっと馴染んで良い友だち関係が築けた頃、また引っ越しと転校が決まります。

小学校6年生で、さらに別の小学校へ。

この頃からでしょうか、少しずつ家庭の中の空気が変わっていくことを、何かが壊れていく予兆のような静かな恐怖をなんとなく感じ始めていました。

新しいおうちを購入しての引っ越しだったので、本来なら嬉しいはずの出来事だったのかもしれません。

でも当時、その新築マンションに父と母と下見に行き、ここに住むんだよと聞かされた私は、ベランダから見える美しい瀬戸内の景色とは裏腹に心は沈んでいた記憶があります。

 

何か小さかった歪みはだんだんと大きくなり、それは気づいたときにはどうしようもないほど大きく膨らみ、もう手の施しようもないほどの憎しみと憎悪のスパイラルの中に巻き込まれていたという感じでした。

それからわずかの期間で、いつの間にか家庭の中はぐちゃぐちゃになっていました。

そう、それはぐちゃぐちゃという表現がぴったりなほどに、何がどうなってこうなっているのかもわからないほど、父と母の関係はぐちゃぐちゃになり、それはもちろん、私の生きる場もぐちゃぐちゃになることを意味していました。

具体的にあった出来事はここでは書きません。

それは、私は良くても、この場にいた私以外の家族、とくに母に関わってくることです。

この物語は、わたしの物語です。

わたしから見えた世界を前提に書いています。

 

私個人の気持ちにフォーカスすると、家庭という場が安心できるものではなく、10代の頃には確実に恐怖と悲しみの場になってしまっていました。

怒りと悲しみに狂っていく母と、それを直視せず逃げ続ける父。

いつかどちらかがどちらかを殺すんだろうなって・・・思っていました。

何度となく、一緒にいないほうがいいと、お願いだから離婚してと言ったと思いますが、私の叫びは届きませんでした。

「こどものため」という理由において、その悪夢のような生活は終わることがありませんでした。

こんな複雑な環境にいながらも、私は部活に学業にとがんばり続けていました。

本当によくがんばったと今だから思いますが、当時の私にはそこに居場所があることが救いでした。

高校生のときに出会った部活の友人は今でも時々会って話ができる仲ですし、一生の友だちと言える親友もできました。

本当に、彼女たちと部活の存在がなかったら、わたしは今こんな風に生きていなかったかもしれないとさえ思います。

 

ですが同時に、私のギリギリでがんばり続けた心身のストレスは、摂食障害となって現れ始めます。

ここから約15年くらいでしょうか、私は摂食障害の症状に苦しみながら生きることになります。

 

私は摂食障害になって15年、克服して約5年、合計20年間くらいの間、家族にも、友人にも、当時お付き合いしていた人にも、誰にもそのことを話すことなく、誰にも相談することなく、誰にもばれることなく、たった一人で苦しみ、たった一人で克服したのです。

以前そうだったと話ができるようになったのは、ここ数年内のことです。

もちろん、本当に一人だったら、きっと今でもその苦しみは続いていたかもしれません。

ですが、表向きには「一人で」、でした。

こうやって書いていると、我ながら凄まじい人だなと思います。笑

このやり方は決して褒められたものではありませんし、おすすめしません。

ちょっと特殊な例だと思ってください。

幸いなことに、私はその苦しみを脱することができましたが、一人で解決するにはあまりにも状況は複雑です。

だから、15年という長い年月がかかってしまったのです。

 

ここで私からのお願いがあります。

もし今の時点で、摂食障害に限らず、何らかの心身の症状で苦しみの最中にいるのなら、私のように一人で解決しようとしないでください。

身体の問題も心の問題も、誰かに治してもらったり、解決してもらったりするものではありません。

自分が治すものです。

ですが、自分だけで治すものではありません。

伴走するしてくれる人と一緒に、最適で安全な道をすすむ必要があります。

どうか周りの人に、できれば専門家に助けを求めてください。

今の時代はインターネットを通して情報が得やすい社会です。

そのぶん情報の選択が難しい時代でもありますが、その中に、あなたをその状況から救い出す手立てを持っている人が必ずいます。

すぐには見つからないかもしれません。

失敗するかもしれません。

でも、どうか諦めず、何度もトライしてください。

 

頼れる専門家を選ぶときのコツがあります。

まず、その人が書いている文章なり、発信していることをよく見てください。

言っていることとやっていることの辻褄が合っているか、そして何より、その人自身がその人自身の傷を克服しているかどうかをみてください。

少なくとも、ご自分がいる立ち位置をすでに超えていて、その視座より高いところから見てくれる人でなければいけません。

様々なメソッドを打ち出している方がいますが、雰囲気やイメージや周りの人のSNSでの反応などに流されずに、自分の中の反応を優先してちょっとした違和感を無視しないでください。

その心身の不調や症状が日常生活に影響をもたらしている場合は、特殊な技術や知識を要することもあります。

その人がどんな経緯でどれくらい学び、どんな経験に裏打ちされているセラピーやメソッドなのかをよくみてください。

大変残念なことですが、中にはお互いに同じ視座にいる状態でセラピスト側が自分の傷をクライアントに投影し、自分の傷を癒やしているケースもあります。

それをセラピスト本人が気づいていない場合もあります。

その場合、一時的な共感は得られて救われる感覚に陥るかもしれませんが、お互いの傷を舐めあっているに過ぎません。

本当に優れたセラピストや施術家は、自分の範疇を超えているという判断ができ、そのことを認めた上で別の人を紹介したり、違うアプローチを提案したりすることができます。

自分のテリトリーの中だけに囲うことはありません。

どうか、自分の感覚を大事にして、よく見て、よく感じて、助けを求められる人をみつけてください。

 

なんでも一人でやりがちな私が言うなって感じですが・・・笑

だからこそ言えることでもあります。

これは、私からあなたに伝えられる大切なことです。

 

さて、わたしの物語はもう少し続きます。

なんだか暗い話も含みますが、そんなこもあったんだね~という程度で読んでいただけると嬉しいです。

私自身はちっとも暗くなったりせずに、これを書いています。

何故ならこれは、もう過ぎ去った話だからです。

 

私は『今』を、精一杯生きています。

 

客観視しながら、自分の経験を経て今伝えられることを、少しずつちりばめながら書いていきます。

よろしければもう少しお付き合いくださいね。

 

つづく

 

 

 

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