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2018-10-06

思い立ったので人生語ってみる。わたしの物語④

私の物語もそろそろ佳境に入ります。

妊娠、出産に関してはそれだけで物語が書けるほどのことになってしまうので、ここでは詳しく触れません。

大事な場面だけ加えながら話を進めます。

長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださったみなさま、本当にありがとうございます。

 

長女の妊娠と出産、そして、二女の妊娠と出産。

やはり、私にとって人生の転機があるとしたら、最も大きいものはその二つの命を産み育てることになったところだったと思います。

妊娠や出産をしなければ、いかに自分が自分を蔑ろにして生きてきたか、いかに独りよがりで自意識過剰だったか、私は気づくことができなかったかもしれません。

 

長女を出産後退院して、私は母の住む家に帰っていました。

産後の回復途中の身体、はじめての慣れない育児、睡眠不足、身体の痛み、そして私の腕の中には小さな小さなうまれたての命。

忘れもしません。

その日突然やってきた知らせは、「父が死んだ」ということでした。

 

父は、母と離婚して一人で暮らしていました。

母と私と妹は、まるで最初からいなかったかのように、関わることを避け、話題にもしなくなっていました。

母から父の話が出るとしたら、それは決まって問題が起こったとき、悪い知らせのときだけでした。

 

そして父は、消えるようにこの世界からいなくなりました。

どうして死ななければならなかったのか、その理由を私は知ることはできません。

ただ、もうこの世にはいないということだけが残りました。

 

その知らせが来たときに、私は泣くことさえできませんでした。

近くにいた母に動揺がばれないように、一人感情を抑え、何も語らず何も感じず、淡々とするべきことをしました。

父とまともに会話をしたのがいつだったのかも思い出せませんし、再びそのときは来ることはありませんでした。

あぁ、これで父と母の憎しみが終わるんだと、そして人は、こんなにもあっけなく死んでいくんだな・・・と思っていました。

私と母との関係は、端から見れば仲の良い親娘のように見えたかもしれません。

でも、何か一番大切なものをどこかに置いてきたような、いつも空虚感を抱えているようなものになってしまっていたのです。

お互いに、それを感じていたのだと思います。

母はとても感情的な人なので、そのどうにもならない処理しきれない感情を私にぶつけてきました。

そして、行き場のない感情をすべて私にぶつけてくる母に対して、「ここまで必死で耐えてきて、やっと結婚して子どもができて自分の家庭をもち、ここから幸せになろうとしているのに、私にこれ以上何をしろと言うんだ」って。

口には出さなかったけれど、態度で、心で、「私は何も悪いことをしていない。全部お父さんとお母さんのせいだ」と言っていたと思います。(おそろしや~)

私は、心を閉ざし卑屈になり、完全に被害者になっていました。

もう修復することはできない、もう戻ることはできない・・・と。

 

ところが、再び大きな転機がやってきます。

 

数年後二女が生まれて少し経った日のことです。

それまでもよくあることだったけど、些細なことで母と言い争いになりました。

何が原因だったかも思い出せないほど、本当に些細なことだったと思います。

いつものように感情的になって怒りをぶつけてくる母にこらえきれなくなり、私は堰を切ったように自分の感情をすべて吐き出しました。

もうこれ以上ないって言うほどに、たくさん暴言を吐いただろうと思います。

いつも冷静で居続けた私でしたが、何故か自分でそれをとめることができず、もう終わりだ、どうなってもいいと思いました。

 

泣きながら、叫びながら、もう何も言葉が出ないくらい空っぽになったあと・・・

 

私は、

「愛してる。それだけで十分」って言ったんです。

 

それは本当に、考えて言った言葉ではなくて。

自分でもそういう言葉があったことに驚いたほどでした。

ぎゅうぎゅう詰めになった箱の一番奥底から、ようやく見つけた、小さく輝く一粒のように、私の中から出てきた言葉でした。

以前の投稿で、不調や何らかの症状は、じわじわと、ゆっくりと回復していくと書きました。

でも、『気づき』と言われるような大きな視座の転換というものは、一気に何段も階段を飛び越えるように、急激に起こるのかもしれません。

 

その日から私の世界はガラッと変わりました。

確実に、見える世界が変わったのを覚えています。

そのとき、「もう自分を生きよう」と決めました。

母とは今でもやっぱりケンカするし、関係性の中で嫌だなって思うことも、もどかしく思うことも、悲しくなることもあります。

私から見たら、敢えて苦しいところに居続けているようにみえることもあります。

でも、それさえ母が選ぶ母の人生なんだと、やっと思えるようになりました。

私が私を生きるように、母は母を生きている。

 

私は自分の傷が全て癒やされたとは思っていません。

今でも古傷が痛むことがあるし、それを人に投影してしまうこともある。

まだまだだなって思うことも、たくさんある。

でも、それでもいいかなって思うんです。

もしかしたら、生きている間手放せない想いもあるかもしれない。

でも、それも含めて私だから。

 

誰かのせいにしたり、誰かの責任を負ったりせずに、

あの頃よりはずっと、自分らしく生きています。

 

よく、こどもは親を選んで生まれてくるって言いますよね。

それって本当なのでしょうか。私には、わかりません。

でも、どうであっても、私がこの経験を経て今ここにいる意味を確かに感じています。

 

何かどうしても今世やっておきたいことがあるんだねって、自分に対して思うことがあるのです。

それがわかり始めたのも、最近のことですが・・・。

 

全ての過去は今に完璧な形で繋がり、行き着く未来へ繋がっています。

すべて仕組まれていたかのような絶妙なタイミングであらゆる出来事が起きています。

わたしの物語がこんな風に描かれた理由がわかり始め、その完璧とも思える流れにできるだけ逆らわないようにして、今を生きているところです。

 

よく私が出張や勉強で家を不在にするとき、こどもたちどうしてるの?って聞かれるのですが、ほとんど母と妹が子どもや家のことを見てくれています。

私が自分を生きると決意してから、何をすることも、どこに行くことも、家族から反対されたことは一度もありません。

ありがたいことに、ほとんどのことで私が思ったことができるようにサポートしてくれています。

そして結局、一番私を応援して支えてくれているのは、母なのです。

 

このわたしの物語を読んでくださって、ご自分の想いや経験をコメントに残してくださった方がたくさんいました。

いいねやコメントがしづらい投稿だったと思うけど、それでも書いてくださって嬉しかったです。

 

人知れず、それぞれに事情を抱えて生きているのですよね。

そう思うと、誰かと比べて嫉妬したり、誰かを崇めたり、縛ったり、自分を卑下したり、逆に傲慢になったり・・・そんなことにちっとも意味がないことがわかります。

そんなことを言っても私は「あぁ、またやっちゃったー」ってことを繰り返してしまうんだろうけど。

でも、一つだけ私の最大の自信は、どんな自分でいるときもきっと私の中の一番根底には「愛してる。それだけで十分」っていう言葉があること。

あの言葉はきっと、母に言ったようで、母に言った言葉ではなかったんだってなんとなく思うのです。

ちょっと変かもしれないけど・・・私の魂の声を聞いたんだって思ったりね。

 

本当に思い立って書き始めた今回の投稿。

人生語ったらそりゃ長くなるよねって、途中で朦朧としながらもなんとか書けたかな。

ひとまずこれで終わりとします。

いつかあなたもまた、あなたの中にずっといる、最も純粋で最も美しいあなた自身に出会えますように・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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