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2017-02-17

【参加記録】はじめての易経講座

先日、こやまとしのり先生の「はじめての易経講座」に参加してきました。

前回は陰陽五行がテーマでしたが(陰陽五行講座の記録はこちら)、今回は易。
最初、この「易」という言葉を聞いたとき、えき・・・・・?なんだそれ?
が私の感想でした。
これまで、全く出会うことのなかった単語だったのです。
それがまさか、興味津々で講座に参加することになるなんて!

遠いようで近かった、実はなじみ深い易の存在

こやま先生の講座は、難しそうで怪しげでちょっと近寄りにくいテーマを扱っているのに、とても楽しく面白く、それでいてハッとするような学びがちりばめられています。

怪しげなんて思っていたのは、ただ私が事実を知らなかっただけだったのです。
こんなにも私たちの生活に深く関わり、易のエッセンスがとても身近なところに隠されていたなんて!
たくさんの「へ~!そうだったの!?」という驚きと感動がありました。


(写真はうきぴーからお借りしました)

今回は、陰陽五行講座メンバーのうきぴーが「砂かぶり席!」と称した席でお話を聞きました。
ホワイトボードは見えないけど、こやま先生の発する振動はたくさん届いてくる特等席でした。

講座中のお話しと身振り手振りがあまりに愉快なもので、笑ってばかりなのですが、不思議と時々鳥肌が立つような、身震いするような瞬間があります。

表面だけを美しく繕うならば、きっと選ばないだろうな・・・と思うような内側から発する言葉たちは、深く心に突き刺さるものです。

ただの占いと侮るなかれ、太古から大切に受け継がれるもの

易では、問いと答えがワンセット。
人が問いをもった瞬間に、時空は答えを用意しています。
だけどそれを、私たちはなかなか認識することができません。
その時空が出してくれた答えを、易は私たちが認識できる形で教えてくれます。

生きていれば、様々な出来事があります。
喜びが続いて行くかもしれないし、一寸先は闇かもしれない。
そんな非合理で不条理な出来事を知りたいと思った太古の人たちが重ね続けた努力のおかげで、私はこの時代に易と出会うことができました。
もし、易というものがこの世界に必要なければ、何千年もの歴史の荒波をくぐり抜けることなく、衰退して滅び、この瞬間まで受け継がれることはなかっただろうなと思います。

国をも動かす力をもっていた易。
そこに隠された真理を思うと、ちょっと恐ろしくもあり強く惹かれもします。

 

こやま先生は講座の中でおっしゃっていました。
「今の皆さんは最高傑作ですよね」と、ちょっと冗談っぽく、でもきっと本気で。

「あのときこうしていたら・・・」という考えほど、無意味で生きる力を削ぐものはない・・・と。

私たちは、100%の確率で選択をし、今この瞬間に出会い、ここにいる。
宇宙の始まりからこうなることは決まっていたんだということを、教えて頂きました。

出会えるべくして出会えた、繋がるべくして繋がれたのだと思うと、なんだかロマンチックですね。
そしてきっと、良くあっても悪くあっても、今の私が最高傑作なのです。

 

易は、かなり壮大な世界です。
まだまだ、ここが入り口だそうです。

知っているからこそできる選択というものがあります。
易は、「こっちを選ぶとこうなるよ」という答えを教えてくれるけど、あなたが選ぶべき道を教えてくれるわけではありません。

知った上で、選ぶのは自分です。

おわりに

この記事を書きながら、今ふと思い出したことがあります。
私はこどもの頃から「本当のことが知りたい」と、よく言っていました。
たとえそれが自分にとって辛いことだったとしても、本当のことが知りたい、と。

知ることは、恐いことでもあるけれど・・・
それでも、知ることのできる喜びを味わいながら、受け止められる自分を育てながら、新しい世界の扉を開いて行きたいものですね。

 

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